【巻頭言】

自分なり「失敗学」雑感

福居俊昭

東京科学大学生命理工学院

 

書店をぶらついていると「新 失敗学」(講談社2022年)という書籍が目にとまった。裏表紙見返しを見ると、著者は畑村洋太郎先生(東大名誉教授、機械工学)という方で、2000年に出版された「失敗学のすすめ」の続編のようである。はや25年も前、「〜のすすめ」がベストセラーだった記憶はあるものの読んだ覚えはなかったので、この機に続編を手に取ってみた。失敗を分析して体系化し、次なる行動と挑戦の糧とするのが失敗学で、「すべては仮説から始まる」「自分で考えて実行すると必ず失敗するが、そこから学ぶ良い失敗とすることで成長する」など、研究に直結することも多い。興味深かったのは、東日本大震災での原発事故において機能維持に必要な発電機を津波で喪失した件の事故調査のくだりである。米国で重要設備を地下に置くのは竜巻の脅威に備えるためという本質が伝わることなく、原発先進国の基本設計だから間違いないとの思考停止がおそらく働いて発電機を地下設置としてしまったのだろう、とのことであった。筆者の恩師であり、本研究会にもご尽力された故田中渥夫先生(京大名誉教授)から、研究者は既成観念を鵜呑みにすることがないようにとの意を含む「三つの常識〜非常識・不常識・未常識」の話を飲み会でよくしていただいたのを思い出した。言うまでもなく、実験に失敗はつきものである。文字どおりの失敗ももちろんあるが、期待どおりでない結果が本質かもしれない。失敗データを眺めることから新な発想や発見につながった経験のある方も多いだろう。失敗経験は個人や研究室に蓄積されていくが、ネガティブデータには公表されにくいバイアスがかかる。ネガティブデータを掲載するジャーナルもあるが、そう一般的ではない。お蔵入りはもったいない。酵素工学とその関連分野でもネガティブデータを収集したデータベースが整備され、思いついたアイデアについて検索できるとよいのになぁ、と思う反面、その収録データの実験的な信頼度が担保されないと、不確かなアノテーションのゲノム情報に翻弄されるのと同じようになってしまうであろうか。近年のIT技術や生成AIの進歩からするといずれは可能になるかもしれないが、当面はまだ、(特に目新しいことでもないが)自分で考えた仮説と合わないネガティブな結果に何かを感じたら、先入観や常識に囚われずにその直観を大事にしたい、研究室の学生さんにもそのような心構えをもつように指導できれば、、、と雑感をもった次第である。

本年1月より、小川 順・前会長の後を受け、当研究会会長を拝命いたしました。守川忠志(デンカ)・櫻谷英治(徳島大学)の両副会長、ならびに役員諸氏のご支援のもと、皆様がこれまでと同様に当研究会を通じて活発な情報交換・研究交流ができるよう、微力ながら尽くして参りたいと存じます。会員各位におかれましては、ご指導ご鞭撻のほど、お願い申しあげます。今年度の秋の講演会は、東京科学大・大岡山キャンパスで開催いたします。東京工業大学と東京医科歯科大学の統合からまだ間もないですが、新たな大学としての息吹を感じ取っていただければ幸いです。また、次年度の春の講演会は櫻谷副会長のお世話により、徳島で開催する運びとなりました。皆様のご参加を心よりお待ちしております。