【トピックス】

時代のニーズに応じた魚・植物由来ペプトンの開発

小泉大輔、外川理絵、島田昌彦

マルハニチロ株式会社

 

1.はじめに
タンパク質を酵素や酸などで加水分解することで得られるペプトン1)は、アミノ酸やペプチドを主成分とする有機窒素源である。微生物培養に欠かせない素材として古くから利用されてきたが、近年の健康意識の高まりやバイオものづくりの発展を受けて、需要が益々高まっている。当社は時代のニーズに応じて、商業生産向けに魚 (カツオ、マグロ) や植物 (大豆) を原料とした天然物由来ペプトンを30年以上にわたり開発・販売してきた。はじめに、ペプトンの開発経緯と時代背景を少しご紹介する。

日本では1979年頃から、好アルカリ細菌が生産するプロテアーゼ等の酵素を添加した洗濯用洗剤の本格的な生産が始まった2)。当時バイオブームもあり、洗濯用洗剤の他にも、微生物を利用する産業が増えてきた。このころ当社では、水産物の加工副産物として、食品調味用のエキスを販売していたが、このエキスを微生物培地に利用されているお客様がいたことから、バイオ産業の一助になればとペプトンの開発に着手した。

ペプトンの要件をお客様にお尋ねしたところ、海外展開向けの食品に対応した素材として、宗教戒律に基づく要件を満たしていることを証明するHalalやKosher認証、安全性の面からアニマルフリー (動物由来原料不使用) や製造条件が提示された。当社で最初に開発した魚由来ペプトンは、これら要件を満たした形で原料から製造まで、Kosher認証を取得した。認証取得には原料の経緯 (トレーサビリティ) も求められることから、品質担保の面でもKosher認証は信頼の証と考えている。

1986年に牛海綿状脳症 (BSE) が確認3)されて以降は、コーンビーフの煮汁由来ペプトン (ビーフエキス) の代替として魚由来ペプトンの需要が急速に高まり、現在も継続してご利用いただいている。1990年からは、動物由来感染症の懸念が生じない、より安全性を考慮した素材として、大豆を原料とした植物由来ペプトンの開発に着手し上市した。

本トピックスでは、天然物由来ペプトンの原料選びから製造条件に関する要件、利用する際のポイント、活用事例や新規ペプトンの開発状況をご報告する。

2.天然物由来ペプトンの開発
2-1 ペプトンの製造工程
当社におけるペプトンの製造工程を図1に示す。原料を酵素分解することで、分解液を得る。この液中には、未分解の原料等が不溶物として残存していることから、固液分離やフィルター濾過などによる精製を行い、除去する。濃縮装置を用いて、ペースト状になるまで濃縮した後、梱包して製品となる。

図1 ペプトンの製造工程

市販されているペプトンの形状には、「粉末」と「ペースト」がある。商業スケールで微生物を培養する際には、大量のペプトンを短時間で均質に培地に溶解させる必要があるが、粉末は、溶解に時間がかかり、培地中でダマとなる懸念、飛散して周囲を汚染するリスク等がある。一方ペーストは、溶解性が高く短時間で均質な培地の調製が可能であり、飛散のリスクも低い。流動性の低いペーストの場合には、ホースでの送液が難しく扱いにくい欠点があるが、当社は流動性の高いペーストを調製可能であることから、溶解時の利点が多いペーストを採用している。以降は、ペプトンの開発や利用において特に重要な、原料と分解酵素の選定について、ポイントをご紹介する。

2-2 原料の選定
ペプトンの原料は、ペプトンの規格や品質に大きく影響する上に、宗教戒律に基づく要件、アニマルフリー・アレルゲンフリーの制約、培地成分としての栄養価 (培養性能)、トレーサビリティなども考慮に入れる必要があるため、その選定は慎重に行う必要がある。

例えば、マグロを原料としたペプトンでは、漁獲時の凍結方法、魚種、使用する部位によって、培地を調製した際に、濁りや微生物の培養性能に差が出ることを確認している。大豆を原料としたペプトンでも、原料の種類によって微生物の培養性能が大きく異なる (図2) が、特に留意した点は、微生物の増殖に影響するビタミン等の微量成分の含有量である。微量成分が残存している原料と残存していない原料があり、前者を選定することで、乳酸菌培養に広く使用される酵母エキスを使用しなくとも、乳酸菌が良好に増殖する (図2)。その一方で、培地を調製した際に、濁りや沈殿が生じやすいことも経験した。これら問題に対しては、原料の選定だけではなく、ペプトンの製造工程を工夫することで改善した。微生物を培養する工場では、一度に大量且つ多品目の培地成分を使用することから、酵母エキスの効果を持ち合わせた当社製大豆由来ペプトンの使用は、酵母エキスを不使用として培地成分の品目数を削減でき、作業工数やコストの大幅な削減及び、原料トレーサビリティの管理負担を減らすことも可能となる。

商業生産向けのペプトンは、長期間に渡って安定的にユーザーに提供し続ける必要があり、持続可能且つロット間差の小さい原料を選定することも重要である。また、原料のトレーサビリティについては、前述のとおり、品質の担保や宗教対応の観点から重要な選定基準である。

2-3 分解酵素の選定
ペプトンの開発において、分解酵素の選定も重要である。植物由来、細菌由来、真菌由来等の酵素があるが、種類によってタンパク質の切断サイトや安定性などが異なるため4,5)、使用する原料や製造条件に適した酵素を選定する。また、より効率的に切断するために、複数の酵素を組み合わせて使用することや、場合によっては温度やpHのシフトも行う。ペプトンの分解度は、高速液体クロマトグラフィー (HPLC) を用いて分子量分布を測定することで確認できる (図3)。

ペプトンの分解度は微生物の培養性能に大きく影響を及ぼす上に、微生物を用いてタンパク質を生産する際にも重要となる。ペプトンに分子量の大きなペプチドやタンパク質が多く残存すると、培養している微生物のプロテアーゼ産生が誘導され6)、目的生産物がタンパク質の場合、生産したタンパク質が分解されてしまうからである。タンパク質の生産目的でペプトンを使用する際には、この点にも留意する必要がある。これらのことから、ペプトン製造時にはロット間差が生じないように、pH、温度、時間などを厳密に管理して製造する。

3.ペプトンの活用事例
3-1 乳酸菌の増殖
近年、ヒトの健康に対する乳酸菌の有効性が見出され7,8)、乳酸菌の使用用途が、ヨーグルトやチーズなどの伝統的な発酵食品の生産から、健康を訴求した機能性表示食品9)等の生産へと広がっている。それに伴い、ペプトンの要件も健康を意識して、動物由来より魚由来、さらには植物由来へと代わりつつある。

乳酸菌の培養に使用されるペプトンは、乳酸菌の栄養要求性10)やその利用目的に応じ要件が決まるが、開発段階では、乳酸桿菌・球菌及び、ビフィズス菌の培養性能を指標に開発を行っている。当社製大豆由来ペプトンの培養性能を、酵母エキス不使用の条件で評価したところ、通性嫌気性細菌Lacticaseibacillus casei IAM 1045、Enterococcus faecalis IAM 10065と、偏性嫌気性細菌Bifidobacterium longum JCM 1217の何れにおいても、カゼインや大豆を原料とした市販のペプトンと比較して、高い増殖を示すことを確認した (図4)。酵母エキス不使用で培養が可能、且つ植物由来原料のニーズに応じた、乳酸菌培養向け大豆由来ペプトンとして販売している。

当社では食品企業としての強みを活かして、食品グレードのペプトンを製造しており、乳酸菌関連企業にも長年愛用いただいている。また、当社で培養性能を確認している同種の乳酸菌でも、株によってその増殖の良否が異なることもあり、条件が合致すれば、各ユーザー企業の要望に合わせたテーラーメイドペプトンの開発にも応じている。

3-2 微生物を利用した物質生産
持続可能な社会の実現に向けて、バイオものづくりが注目されている。アルカリプロテアーゼを生産する好アルカリ細菌Bacillus alcalophilus ATCC 21522や、マグロ成長ホルモン (tGH)11)を生産する組換え大腸菌Escherichia coli JM109に対する当社製魚由来ペプトンの培養性能を評価したところ、市販のペプトンと比較して、酵素や組換えタンパク質の生産量が高いことを確認した (図5, 6)。 

当社はペプトンを商業生産向けに販売しているが、学術向けにはサンプルとしてご提供させていただき、「魚由来ペプトンを使用したことで物質生産量が向上し、より効率的に研究を進められている」との、ありがたいお言葉をいただいた。将来的には学術向けにも広く販売供給できる体制を整え、産業界だけでなく学術界にも貢献していきたいと考えている。

4.新たなニーズに対応した新規ペプトンの開発
4-1 魚由来ペプトンの微生物培養性能の向上
当社製魚由来ペプトンは微生物に対して高い増殖能や物質生産能を示すことを確認済みであるが、近年のペプトン需要の高まりを受けて、既存製品の培養性能の更なる向上が求められている。これまで30年以上にわたって蓄積してきた経験と技術を活用して、原料と製造方法を改めて検討した結果、現在市場に流通している他社製や当社製魚由来ペプトンと比較して、乳酸菌に対してより高い増殖能を示すペプトンを開発することができた (図7)。本ペプトンは、工場で微生物をより効率的に生産することができ、生産コスト削減に貢献できる有望な素材である。現在、製品化に向けて取り組んでいる。

4-2 アレルゲンフリーの植物由来ペプトン
前述の通り、植物由来原料のニーズに応じて、乳酸菌培養向け大豆由来ペプトンを上市した。一方最近では、健康志向の更なる高まりを受けて、食物アレルギー発症の懸念がより少ないアレルゲンフリー (日本の食物アレルギー表示制度12)の特定原材料8品目及び、特定原材料に準ずるもの20品目や、各国のアレルギー表示制度13)の対象となる原料を含まないこと) のペプトンが求められている。当社製大豆由来ペプトンは、特定原材料に準ずるものに該当する。社会の新たなニーズにいち早く応えるため、アレルゲンフリーの植物由来ペプトンの製品化にも取り組んでいる。

5.おわりに
上述のように、近年の健康意識の高まりや、バイオものづくりの発展を受けて、ペプトンの需要が益々高まっている。ペプトンは古くから微生物培養に利用されてきた素材であるが、時代背景に応じてニーズが変化していることをご紹介した。また、ペプトンの製造や利用に関するポイント、新たなニーズに対する当社の取り組みをご報告した。微生物培養においては、市場の成長だけでなく、新規ペプトンの開発14-16)、機械学習を活用した培地組成の最適化17)など、技術革新も進んでおり、当該分野は今後更に発展すると考えている。

ペプトンの安定供給と、時代のニーズに応じた新製品の提供を通じて、社会の一助となれば幸いである。

謝辞
今回ご報告したペプトンの開発は、各社のご協力のもと実施することができました。ご協力いただいた企業の皆様に厚く御礼申し上げます。また、貴重な執筆の機会をいただきました横浜国立大学の武田穣教授に心より感謝申し上げます。

文献
1) 駒 大輔, 山中勇人, 森芳邦彦, 大本貴士: 生物工学, 4 , 195 (2011).
2) 四方資通: オレオサイエンス, 3, 347 (2003).
3) Alarcon, P., Wall, B., Barnes, K., Arnold, M., Rajanayagam, B., Guitian, J.: Food Control, 146, 109490 (2023).
4) Naveed, M., Nadeem, F., Mehmood, T., Bilal, M., Anwar, Z., Amjad, F.: Catal. Lett., 151, 307 (2021).
5) 一島英治: プロテアーゼ, 294 (1983).
6) Stanbury, P. F., Whitaker, A.: 発酵工学の基礎, 82 (1988).
7) Abedin, M. M., Chourasia, R., Phukon, L. C., Sarkar, P., Ray, R. C., Singh, S. P., Rai, A. K.: Crit. Rev. Food Sci. Nutr., 64, 10730 (2024).
8) Liu, R., Sun, B.: Aging Dis., 15, 1487 (2024).
9) 消費者庁: 消食表第775号 (2024).
10) 乳酸菌研究集談会: 乳酸菌の科学と技術, 117 (1996).
11) Kariya, Y., Sato, N., Kawazoe, I., Kimura, S., Miyazaki, N., Nonaka, M., Kawauchi, H.: Agric. Biol. Chem., 53, 1679 (1989).
12) 消費者庁: 令和6年3月28日事務連絡 (2024).
13) Schaible, A., Kabourek, J., Elverson, W., Venter, C., Cox, A., Groetch, M.: Curr. Allergy Asthma Rep., 24, 81 (2024).
14) Liu, G., Tiang, M. F., Ma, S., Wei, Z., Liang, X., Sajab, M. S., Abdul, P. M., Zhou, X., Ma, Z., Ding, G.: PeerJ, 12, e16995 (2024).
15) Alamnie, G., Melake, A., Berhanu, Y., Alemu, M., Damtew, B., Aemiro, A.: CSCEE, 9, 100741 (2024).
16) Petrova, I., Tolstorebrov, I., Zhivlyantseva, I., Eikevik, T. M.: Food Biosci., 42, 101063 (2021).
17) Watanabe, K., Chiou, T. Y., Konishi, M.: JBB, 137, 304 (2024).