【巻頭言】
CRISPR-Casは酵素工学の宝庫
〜核酸関連酵素研究を顧みて〜
石野良純
九州大学大学院農学研究院 生命機能科学部門
筆者の学生時代は、試験管内で切り貼りしたDNAを生きた細胞へ導入する遺伝子工学技術の実用化が始まった頃で あった。筆者が配属されたのはDNAやRNAオリゴマーの化学合成を得意とする研究室で、学部の卒業研究で初めて酵 素を精製した。博士課程の先輩に習いながら、大腸菌にT4ファージを感染させて培養した菌体を破砕して抽出液を調 製し、ストレプトマイシン処理で除核酸した後に、手製のガラス管カラムで原理の異なるクロマトグラフィーを繰り返 してRNAリガーゼを精製した。操作することすべてが初めてのことで、気持ちがわくわくしたのを憶えている。この 酵素を用いて化学合成RNAオリゴマーを連結し、tRNAの部分合成を行って卒業論文を作成した。修士課程では、精製 したDNAリガーゼを用いて化学合成したDNAオリゴマーを繋げて制限酵素の基質にした。その頃、宝酒造(現タカラ バイオ)が国産初の制限酵素の販売を始めていたので、市販されていた6種の酵素を使って切断反応を解析し、「制限酵 素の基質特異性の研究」という修士論文を作成した。その縁からか修了後は宝酒造のメンバーとなってPCRの導入も経 験し、各種遺伝子工学酵素の開発研究を行った。その後アカデミアに転じて、DNA複製、組換え修復の研究を定年退 職まで行ってきたので、私の研究は一貫して核酸関連酵素が対象であった。大学で基礎分子生物学をやっていた多くの 研究者には、自分の研究から商品となる酵素を見つけたいという考えはほとんどなかった頃なので、私の世代のアカデ ミアで、核酸関連酵素を酵素工学の土俵にあげる研究者は極めて少なかったと思う。筆者が転職してまもなく、国立大 学は法人化した。そしてそれまで大学教員の業績としてほとんど評価されなかった特許出願が、手のひらを返したよう に奨励されるようになった。その後の世代は研究提案として、ただ知りたいというだけではなく、何に役立つのかが明 確に求められるようになった。
DNAの切り貼りをする初代遺伝子工学、PCR、ゲノム編集は、生命科学の発展のための3大技術だと思うが、それら はすべて開発するために必要な酵素を探したのではなく、生命現象の分子機構を知りたいという動機から発見された酵 素を使って開発されたものである。一人の研究者が発見から技術開発まで達成したわけではない。筆者はこれらの技術 に深く関わった一人であるが、自身の研究活動を顧みて、いくつかの悔しい思いがある。その一番はCRISPRを発見し ながら、自らの手でそのRNA誘導型ヌクレアーゼ活性を発見できなかったことである。CRISPR-Casの機能解明以前に、 NIHのKooninらは超好熱菌ゲノム中に機能未知のヘリカーゼやヌクレアーゼ様のタンパク質をコードする遺伝子クラ スターがあることを指摘し、Repair-associated mysterious protein(RAMP)と呼んだ。筆者はRAMPの機能解明がと てもおもしろい研究テーマであると認識していたが、自身の中で他の研究テーマが進行中であり、手が付けられなかっ た。これらのタンパク質は後にCasファミリーに属することがわかることになる。あの時にRAMPの研究を始めていて も、その後の熾烈なCRISPRの機能解明競争に勝てたかどうかわからないが、ヌクレアーゼを専門の一つとしていた筆 者が参戦できなかったことは少々残念に思う。
CRISPR-Casの機能が解明され、その作用機序が理解された現在、実際にゲノム編集以外にも、様々な部位特異的遺 伝子操作に使われているように、このシステムは有用な遺伝子工学ツールとして極めて多様な応用のポテンシャルを有 している。また、CRISPR-Casは多様性に富んでおり、次々と未知のCRISPR-Casが見つかっているので、既知の性質と は異なる新規の有用なCRISPR-Casが発見されることも期待できる。CRISPR-Casの性質を利用して新規技術を開発する チャンスである今、正に酵素工学の出番ではないかと思う。どのように利用できるか、核酸関連酵素研究者の頭の使い 所である。本研究会には応用を志向した研究者が多く所属し、酵素の応用で多くの成果を出されてきた。核酸関連酵素、 遺伝子工学酵素の分野からも、特に若い世代の中からCRISPR-Casシステムを利用した新技術開発へアイデアを発揮で きる研究者の台頭を期待する。そして筆者自らも、老体に鞭打ってもうひと頑張りしたいと思っている。未知の生命現 象の研究からまた10数年後に画期的な第4の遺伝子工学技術が誕生することを夢見ながら・・・。