【巻頭言】

人生100年時代に向けた診断事業における酵素

鈴木俊一

オリエンタル酵母工業株式会社

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が全世界の社会生活に大きな影響を及ぼすこと早3年。日本では第5類感染症相当への移行も本格的に議論され、一時に比べると落ち着きも見え始めているとは言え、社会活動への影響は未だ少なからず残っていると感じる。この間、ウイルス、抗体免疫、ワクチンによる予防など、生化学用語が数多くメディアに登場し、精緻な模型や詳細なイラストなどの活用と専門家による分かり易い解説もなされ、一般の方々にもウイルス感染と免疫学の知識の底上げの機会となった一面もあったのではないだろうか。

疾病に対する予防、診断、治療の段階に分けて考えてみると、新型コロナウイルス感染症では、予防においてはワクチンの接種(筆者も本稿記載時で4回接種)が推奨され、副作用の課題はあったもののmRNAワクチンの実用例が大いに拡大した。診断ではPCR検査と抗原検査が広く利用され(筆者は簡易抗原検査の経験のみ)、原理の理解はさておき、日常会話の中でもこれらの用語が一般的に語られる機会が大いにあったし、街中でもPCRの文字を多く見る機会があった。治療薬についても、未だ開発段階のものもあるが、認可された医薬品による重症化の抑制や死亡率低減に貢献があったとみてよいだろう(筆者は幸い利用経験なし)。医療現場における医療従事者の方々の御苦労・御尽力には頭が下がるばかりだが、予防・診断・治療の何れの段階でも、自然科学の研究成果の人類への貢献が広く実感出来たのではないだろうか。知力体力総力戦でコロナウイルスと戦い、人類は善戦していると見えるが、それぞれの段階での有効性を高め、疾病への対策全体を効率よく展開させることが医療従事者の疲弊を抑え、医療費支出を極小化することにつながるのではないかと考える。すなわち、しっかり予防できる部分は対策し、感染が疑われる場合には迅速に正しく診断し、それでもやむを得ず発症した場合に治療する、と言った対応である。

さて、人生100年時代と言われる中、日本の医療・保険制度では、医療現場の負担軽減や医療費削減の課題もある。新型コロナウイルス感染症での学びにもあるように、健康増進に向けて各自が努力し、治療の必要を減らすことが課題への対策の一つの正解であるのは間違いないが、もう少し踏み込んで考えてみると、本人が健康と考えている間にも疾病の兆しが見え始めている段階はあるはずで、これを見逃さず早期に発見することで重篤化しないための対策が打てれば良いだろう。これにはデータに裏付けられた診断が必要で、ここでは酵素の出番も多い。診断時の酵素の活用は、PCRにおけるポリメラーゼはもちろん、各種生化学検査では長らく酵素反応を利用する測定法が採用されてきた。これは酵素反応の特異性が、検査に求められる対象分子バイオマーカーへの特異性にマッチすることと、反応の進行を吸光度などで容易に定量的に測定できることが理由に挙げられると考えられる。抗原抗体反応も特異性に優れるため診断には多く用いられており、その結果の可視化のためにアルカリフォスファターゼ等の酵素標識が利用されるケースもあり、この場合にも酵素活用の出番がある。体外診断薬用酵素は長年利用されているため、最近では学術的に目立つ存在ではないかもしれないが、現在でも酵素反応の活用は診断事業における重要な要素技術である。今後も新規の疾病メカニズムの解明や、疾病と相関する分子バイオマーカーの特定は自然科学の重要課題として存続すると思われるが、これらの社会貢献としての実用化の段階においては、診断用測定技術として酵素反応の活用が求められることが多くあるだろう。

筆者も数年前から診断薬用酵素の事業に関係するようになったが、長年利用されている体外診断薬用の酵素でも、検出感度の向上、測定時間の短縮、あるいは試薬安定性の改善等に向けて、地道な改善努力が続いていることを改めて知る機会となった。上述のように、健康を損ないつつあるいわゆる未病の状態での診断概念も広まりつつあり、迅速・簡便で且つ正確性の高い診断法の開発は今後も益々必要となるであろう。適した診断方法がない、あるいは診断方法があっても診断費用が高い、身体への負荷が高い等、診断においても未解決の課題は多くあるように思われる。新たな酵素の利用や、関連する工学技術の発展によってこれらの課題が解決され、より豊かな人生100年時代に診断薬用酵素が貢献することを期待したい。