【巻頭言】
微生物プラスチック研究の歴史とイノベーション
福居俊昭
東京工業大学生命理工学院
大手コーヒーチェーンなどでのプラスチック製ストロー・カップの廃止、レジ袋有料制などでプラごみ問題への関心が高くなってきている。軽くて丈夫で安価な石油合成プラスチックの多くは難分解性であるために、自然環境に流出すると残留して汚染を引き起こす。海洋には大量の使い捨てプラスチックが陸から流入しており、その崩壊により生じたマイクロプラスチックが漂っていることも近年、明らかにされつつある。対策として使い捨てプラスチックの削減や廃棄時の管理・リサイクルが重要であることは言うまでもないが、農漁業用資材など屋外での使用が前提の用途やコンポストで処理する用途には、微生物によって分解される生分解性プラスチックの開発と実用化が期待されている。
筆者は縁あって、微生物プラスチックであるポリヒドロキシアルカン酸 (PHA) の生合成について研究をしている。PHAはバイオマス原料から生産でき、かつ、生分解性に優れた高分子素材である。自然界にはPHAの1種であるポリ((R)-3-ヒドロキシブタン酸) (P(3HB)) を菌体内に貯蔵する微生物は多く存在している。P(3HB)は1920年代前半にフランス・パスツール研究所のMaurice Lemoigneによって発見された (後に単離されたP(3HB)分解菌Paucimonas lemoigneiにもその名が残されている)。この原報としてAnn. Inst. Pasteur 39: 144 (1925), 41: 148 (1927)がよく引用される。筆者は1925年の論文のコピーを以前に取っていたものの、フランス語であるため内容は理解できず、いつのまにか行方不明になっていた。掲載誌はパスツール研究所の紀要であるが、ネットで検索してみるとフランスの文書保存機関から文字認識処理されたPDFをダウンロードできた。その認識文字を整えて機械翻訳にかけてみると、英語でも日本語でもかなり意味の通る文章が出力されてきた。
ITの恩恵を受け、いまさらで恥ずかしいながら内容を見てみると、研究の発端は耕作地から単離された桿菌 (Bacillus megateriumの近縁種と記載されている) の菌体を水に懸濁すると急速に自己消化して酸性化する現象であった。種々の分析とアセトン発酵経路の当時の仮説からこの酸性物質が3-ヒドロキシブタン酸 (3HB)ではないかと着想し、比旋光度が左旋性 (R体) の3HBの値とよく一致することなどを示している。緒言では「私は形成された酸の化学的起源と生理学的意義の研究には立ち入りません。」と述べているのが興味深い。よく質問されるので、ここでは触れないと伏線を張ったのであろうか。しかし1927年の論文では菌体内に脂質とは異なるエーテル不溶性の物質が存在することを示し、これは3HBの脱水重合物であり、自己消化による酸性化はこの物質が菌体内酵素で加水分解されたためであろうと考察している。科学史によると"polymerisation"は1920年にHermann Staudingerが提唱していたが、1925~1927年はドイツでセルロースやゴムの構造について高分子説とコロイド説が激論を戦わせていた時期であり、ポリマーの概念はまだ一般的でなかったと思われる。Lemoigneは最新の実験技術や概念を取りいれる進取の気風にあふれていたようである。
その後、P(3HB)は微生物学としての観点と興味から研究されたが、1950年代終わり頃から生分解性・生体適合性材料としての開発が試みられた。1985年にはイギリス・ICI社が3HBと3-ヒドロキシペンタン酸との共重合ポリエステル"Biopol"の微生物生産を工業化したが、高い生産コストのために事業としては成功しなかった。その後も世界各国で研究開発が進められているが、高コストと物性・加工性の欠点の克服、多様化が依然として課題である。アカデミア・企業の長年の努力により日本でも組換え微生物によるPHA生産の工業化が開始されており、冒頭で述べた海洋プラスチックごみ問題に対するソリューションの1つとして、本格的な社会実装の好機と言える。
P(3HB)の発見から、間もなく100年。Lemoigneや1970~80年代の先駆的な開発者からしてみるとモタモタしていると思われているだろうか。イノベーションとして熟するには時間が必要という一例であるが、私たちが今見ていること、考えていることの中に長期的に取り組むべき骨太なシーズがあるのだろう。次世代の研究者が取り組んでくれるシーズが酵素工学研究会の活動から生まれることを願ってやまない。