【会員企業におけるSDGsの取り組み】

アフリカ睡眠病の根絶を目指したアスコフラノン高生産系の構築

キッコーマン株式会社 荒木康子

 

1.はじめに
当社の主要事業はしょうゆの製造販売をはじめとした、「食」と「健康」に関する事業であるが、SDGsの17の目標のうち、「目標2:飢餓をゼロに」と「目標3:すべての人に健康と福祉を」はそれぞれ「食」と「健康」が深く関わる目標であり、当社の取り組みにおいて特に重要であると捉えている。この「目標2」の中には、乳幼児期における栄養失調の改善が含まれている。当社では、開発途上国における乳幼児期及び児童期の栄養不足を改善することを目的として、独立行政法人国際協力機構(JICA)の支援事業を受託し、当社の保有する食品加工技術の現地活用を検討している。具体的には、乳幼児期及び児童期に不足しがちなタンパク質を美味しく安価に摂取できる大豆食の開発と普及を目指している。また、「目標3」には、開発途上国で問題となっている感染症薬の開発が含まれている。当社では、顧みられない熱帯病(NTDs)の1つに指定されているアフリカ睡眠病に対して効果が期待されているアスコフラノンを微生物で高生産する技術の開発を進めており、本稿ではこの研究内容について紹介する。

2. アフリカ睡眠病とアスコフラノン
アフリカ睡眠病はサハラ以南36か国で感染が報告されている風土病で、ツェツェバエによって媒介されるアフリカトリパノソーマTrypanosoma bruceiの感染により中枢神経系が侵され、最終的に昏睡状態に陥って死に至る感染症である。そして、既存薬には重篤な副作用や投与法の煩雑性等の問題があることから、安全性が高く、経口投与可能な新たな薬剤が求められている。さらに、このアフリカトリパノソーマによる家畜類への被害はより甚大で、その経済的損失は年間50億ドル以上とも推定されており、動物薬としての開発も強く望まれている1)

アスコフラノン(1) (図1) は糸状菌Acremonium egyptiacum (最近になってAcremonium sclertotigenumは学名が統合された) によって生産される2次代謝産物である2)。アフリカトリパノソーマは寄生時にエネルギー代謝系を大きく変え、シアン耐性酸化酵素であるTAO (trypanosoma alternative oxidase) が呼吸鎖酵素として必須となるが、アスコフラノンはこのTAOをnMオーダーで強く阻害することで、強力な抗トリパノソーマ作用を発揮する3,4)。アスコフラノンを実用化する上では、貧しい地域での使用を考慮して、低コストでの工業生産が必要となる。当初、突然変異誘発株であるA. egyptiacum F-1392株を用いて種々の培養条件検討が行われたが、生産性にはまだ課題があった。さらに、この株は、アスコフラノンと類似の構造を有し、哺乳類ミトコンドリアの呼吸鎖を強く阻害するアスコクロリン(2) (図1) を同時に生産するという課題もあった。そこで、我々は、これらの生合成遺伝子を解明し、アスコフラノンを選択的に高生産する株を遺伝子工学的手法により育種することにした。

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図1 本研究で明らかとなったアスコフラノン、アスコクロリンの全生合成経路

3.発現変動解析による生合成経路の解明
アスコフラノンやアスコクロリンは、ポリケタイドとテルペノイドの構造を併せもつメロテルペノイド化合物である。一般的に、メロテルペノイド化合物は、ポリケタイド合成酵素(PKS)、プレニル基転移酵素(PT)、エポキシ化酸化酵素(Epo)、テルペン環化酵素(TPC)の反応により生合成されることが知られている。糸状菌の二次代謝産物の生合成遺伝子はクラスタを形成していることが多いことから、これらの鍵酵素をコードする遺伝子が連続して存在する領域を探索することで、目的の生合成遺伝子を見つけるという方法が考えられた。しかしながら、F-1392株においては、アスコフラノンの産生量がおよそ400倍変化する培養条件が分かっていたため、RNAseqによる発現変動解析により、アスコフラノン生合成遺伝子クラスタを見つけることにした。その結果、高産生条件において高い発現量を示す遺伝子が連続している領域 (asc-1クラスタ) を見出すことができた。

このasc-1クラスタには、鍵酵素であるPKSのAscC、PTのAscA、TPCのAscFをはじめ、還元酵素(Red)のAscB、ハロゲン化酵素(Hal)のAscD、P450酸化酵素のAscE及びAscGがコードされていた。そこで、麹菌を用いてこれら酵素の異種発現を行い、異種発現株内で蓄積している化合物の同定、細胞破砕液を用いたin vitro反応試験、及びF-1392株における遺伝子破壊株の解析を行った。その結果、asc-1クラスタはアスコクロリン(2)の生合成遺伝子クラスタであること、アスコフラノン(1)の生合成はそこから分岐していることが判明した (図1)5)

アスコフラノンとアスコクロリンの構造を比較すると、前者は後者と比べて酸素原子が1つ多く、生合成にはオキシゲナーゼの関与が推定された。そこで、このオキシゲナーゼがP450酵素であると予測し、P450遺伝子を含み、高産生条件で10倍以上の発現変動が見られるクラスタを探索した。その結果、P450モノオキシゲナーゼ(MO)であるAscH、機能未知の膜結合型酵素AscI、脱水素酵素(Dh)のAscJの三種の酵素がコードされている遺伝子クラスタ (asc-2クラスタ) を見出した。そして、これら遺伝子の破壊株の解析、及びin vitro反応試験の結果より、AscHIJの一連の反応によって、共通中間体である化合物7からアスコフラノンが生合成されることが明らかになった (図1)。以上より、アスコクロリン及びアスコフラノンの全生合成経路が解明され、これらはそれぞれ二種の異なるTPCであるAscFとAscIによって作り分けられていることがわかった。とりわけAscIは既知のTPCとは相同性のない新規酵素であった5)

なお、asc-1とasc-2クラスタは染色体上の離れた位置に存在しているが、asc-2クラスタにはPKSやPT等の既知の特徴的なモチーフを有する鍵酵素が存在しておらず、配列からの機能予測だけでは見出すことが困難であった。つまり、関与酵素の推測に加えて発現変動解析を組み合わせたことが功を奏し、アスコフラノンの全生合成遺伝子を同定することができたといえる。

4.アスコフラノン高生産株の育種
図1の結果より、AscFの反応を遮断することで、毒性の高いアスコクロリンを生産せず、アスコフラノンのみを生産することができると考えられた。そこで、ascF破壊株 (ΔascF) を作製したところ、予測通り、アスコフラノンのみを選択的に生産した (図2)。しかし、ascF破壊株では共通中間体である7が多く蓄積していた (図2) ことから、AscHの反応がアスコフラノン生合成において律速となっていることが示唆された。そこで、ascHを強力なtefプロモーター下で発現する株(ΔascF-ascH_OE)を作製したところ、生産量が大きく向上し (図2)、タンク培養におけるg/Lオーダーでの安定生産も可能となった。これにより、低価格でのアスコフラノンの工業生産への道を拓くことができた。

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5.おわりに
アフリカ睡眠病の根絶のためにはヒト医薬品の開発だけでなく、動物医薬品の開発及びその普及が必須である。SDGsの目標17には「パートナーシップで目標を達成しよう」とあるが、今後は本開発への他企業や他団体の協力を呼び掛けながら、早期の事業化を目指していく所存である。

謝辞
本稿にて紹介した研究は、長崎大学の北潔教授、理化学研究所の松崎素道博士、及び東京大学の阿部郁朗教授、淡川孝義准教授をはじめ、多くの研究者との共同研究により実施したものです。この場を借りて厚く感謝申し上げます。

文献
1) 山内一也、北 潔:<眠り病>は眠らない, 岩波書店 (2008).
2) Hijikawa, Y., Matsuzaki, M., Suzuki, S., Inaoka, D. K., Tatsumi, R., Kido, Y., Kita, K.: J. Antibiot., 70, 304 (2017).
3) Shiba, T., Kido, Y., Sakamoto, K., Inaoka, D. K., Tsuge, C., Tatsumi, R., Takahashi, G., Balogun, E. O., Nara, T., Aoki, T., Honma, T., Tanaka, A., Inoue, M., Matsuoka, S., Saimoto, H., Moore, A. L., Harada, S., Kita, K.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 4580 (2013).
4) Nihei, C., Fukai, Y., Kita, K.: Biochim. Biophys. Acta, 1587, 234 (2002).
5) Araki, Y., Awakawa, T., Matsuzaki, M., Cho, R., Matsuda, Y., Hoshino, S., Shinohara, Y., Yamamoto, M., Kido, Y., Inaoka, D. K., Nagamune, K., Ito, K., Abe, I., Kita, K.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 8269 (2019).

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