【巻頭言】
研究の効率化と教育
上田 誠
小山工専・物質工
企業研究者27年間を経て2012年秋から高専の教員となった。50歳を過ぎてのスキルの変換は困難であることから、研究というスキルを変えずに仕事の目標を変えてみた。新たな職場でやってみたかったことは研究テーマを含めていくつかあるが、そのうちの一つの次世代の研究者・技術者の育成について、研究機器と手法の進歩や大学や高専の状況を含めて述べさせていただくことにした。
修士課程で就活した1985年頃は、遺伝子組換え技術の普及などにより学会誌には多くの化学品の合成が生物的な手法に置き換わるバイオコンビナートの夢が語られていた。学生ながら実現は簡単でないと感じたが、採用面接で面接官に試しにバイオコンビナートの実現性について質問したら、あっけなく否定的な答えが返ってきた。その返答には失望しなかったが、どこまで実現できるのか?自ら企業で可能性を追求し答えを出してみようと考えた。その後、三菱化成 (現三菱ケミカル) でバイオ合成 (酵素反応や代謝工学など) や、化学会社でのバイオ技術の方向性の策定と実施を行った。
研究所勤務で30歳代半ばからマネジメント業務が多くなり、新人採用や若手研究者の育成への関与と責任が増えて行った。企業の研究は目標が明確で、こうなるであろうという仮定を置いてその正しさを実験で確認し進める。目標の品質とコストを達成し、目論見通りのマーケットがあれば事業は成功である。正解の見えない研究は仮定と試行錯誤が連続する。バイオテクノロジーは技術の進歩が速いが、企業の研究所は新しい技術を設備的に要員的にもキャッチアップし、新しい商品を他社に先駆けて開発しなければならない。また、企業の職場は安全にも配慮する必要がある。ある時期から、装置が吐き出す実験データに実験者として解釈を加えない、実験方法を工夫しない、用いる試薬や行う反応の性質を考えずに実験デザインする研究者が増えていると感じるようになった。それは研究への思慮と実験原理の理解が不足しているのかもしれず、企業活動あるいは研究の発展にとって好ましくない傾向と感じた。
さて、2012年10月に小山高専に着任した。高専は比較的少人数で学生の研究指導も行う体制となっており、微生物の培地作製といった簡単な操作をリハビリとして約20年ぶりに実験を再開した。ブランク期間が長かったので当たり前のことではあるが、研究機器や手法の進歩は目覚ましい。本研究会の多くの方には普通であろうが、例えば、細菌からの遺伝子のクローニングは、DNAの取得からPCRでの増幅、大腸菌への形質転換まで、設計さえ間違えなければ最短2,3か月で初心者の学生でも結果が出ることに驚いている。合成DNAのコストも安くなってきた。また、酵素精製は推奨プログラムが装置に内蔵されており、数時間で実験完了である。もちろん、所望の酵素活性の発見や酵素タンパク質を取得した後の実験が主目的であることもあろうが、先輩から受け継いだプロトコールで淡々と実験を繰り返す学生、または便利な実験キットや自動化された実験装置を使うだけの主体性が発揮しにくい学生も多いのではないか?ちなみに学生の採用面接で重要な評価ポイントは研究テーマの理解度と思っている。
企業の研究現場はスピード優先で、目的達成のために必要な投資を行う。教育を目標とする大学もスピード優先になっていないか。研究室運営のためには外部資金が必要であり、そのためには研究論文を質の高いジャーナルに多く出したい。また、給料や身分の保証として研究成果は大切となってきた。しかしながら、学生や若手研究者の育成には、急がせずゆっくりと考え研究に取り組ませるほうが本人のトレーニングになる。実験工程のブラックボックス化は、原理や理論の理解不足により将来の失敗と危険を生み出すことになる。そのようなことを考えながら、結果を急ぐ企業研究者の癖が抜けず困っている毎日である。
研究は効率化したいが、教育には時間と手間をかけたい。教育現場の指導者のあるべき姿はあまり議論されていないかもしれない。将来の研究者を夢見て大学等で研究を進める学生が、試行錯誤しながら論文や学会発表に至るまでの根気と努力を支えたいものである。
本年4月から、京都大学大学院農学研究科産業微生物講座 (寄附講座) の客員教授を兼任させていただくことになりました。発酵生理及び醸造学分野の小川先生らと酵素工学の発展と若手研究者の育成に努めて行きたいと考えております。