【巻頭言】

動く酵素と研究者

上田 宏

東工大・研究院化生研

 

まずは自己紹介から始めたい。私こと、修士課程で当時の指導教官である西村肇教授から抗体タンパク質のセンサー化という命題を拝命し、以来30年余り、主たるテーマとしてこの課題に取り組んできた。「天然の免疫細胞でもやっている事なのだから簡単だよ」という言葉を (安易に) 信じ、ノーベル賞を受賞した利根川進博士の偉業もあって分子論的理解が可能となった抗体と、発見直後のチロシンキナーゼ型受容体の細胞質ドメインを結合させ、抗原結合をその酵素活性で検出しようとしたのが酵素との格闘の始まりであった。幸い多価抗原によるオリゴマー形成の誘導でキナーゼを活性化出来るのでは、という仮説が功を奏し、抗体部分をFab型にしたキメラ受容体を作ることで何とか所期の目的を達成し、学位も取得することができた。この研究はほぼ無から始めた (何せ研究室にはフリーザーもなかった!) ため正直苦しい事も多かったが、自ら考えることの重要性を再認識した事、その後の単価抗原による抗体断片二量体形成誘導による抗原検出系 (オープンサンドイッチ法) の構築や、さらにその後の留学にもつながった事を考えると長い目で見れば有意義であったと思う。

しかし学位取得後は、当時はラジオアイソトープ抜きでは難しかったキナーゼ活性測定に辟易し、より活性の測定しやすい蛍光や診断向きの酵素に興味を持つようになった。さらにたまたま生物発光分野の知人を得たこともあり、研究室のスタッフ・学生諸君と共に発光酵素ルシフェラーゼの研究にも注力することとなり、少し基礎的なホタル酵素の発光色変化の解析 (熱安定な酵素の方が短波長の光を放つ) や、ドメインの機能解析 (2つのドメインのうちN末ドメインだけでも発光するが、なぜか光り出すまでとても時間がかかる) なども行うに至った。その後、N末ドメインは通常の基質であるルシフェリン+ATPとの反応は極めて遅いのに、反応中間体であるアデニル化ATPとは迅速に反応すること、さらにこの特性を用いて反応中間体を選択的に測定できることが分かった。これは当時博士課程の学生だった綾部圭一君 (現ノボザイムジャパン) のアイディアである。ここから酵素の二段階反応 (ルシフェリンのアデニル化と酸化的発光) の一方の半反応のみが遅い変異体が同定され、同様の変異体を組み合わせることで、タンパク質間相互作用による酵素の近接を検出する系(FlimPIAと呼んでいる)を構築するに至った。これによって、今では分割酵素に基づく従来の相互作用検出法よりも試験管内で高い性能を得る事が出来つつある。

そうこうするうち、研究開始当初は全く予想していなかった事ながら、この酵素はそのC末ドメインを回転させて二つの半反応を行う事を示唆する報告が相次いだ。アシルCoA合成酵素や非リボソームペプチド合成酵素などの類縁酵素が同様に構造を変えて二つの活性を交替させる事、さらに前述の半反応変異体の変異部位がそれぞれC末ドメイン上の異なる部位にある事などから考えて、まだ全員が納得した訳ではないが少なくとも私は、本酵素は「動く」事で二つの役割を果たすものと考えている。

話は少し変わるが、最近ある所で微小管運動に関わるモータータンパク質ダイニンの微小管結合部位を筋肉運動に関わる色々なタンパク質のアクチン結合部位にすげ替えたら、それらのキメラがあたかもミオシンの様にATP依存的にアクチンを効率よく動かした、という話を拝聴した。さらに、結合部位をDNA結合タンパクにすげ替えたらDNAも動いたとのことである。これを要するに結合ドメインそのものはタンパク質の運動活性とは無関係という事で、歴史ある細胞運動の基礎研究にも一石を投じる成果と思われる。

思うに今後は、酵素工学はもちろん酵素科学も、従来の解析的なアプローチから踏み出し、合成的・構成的手法をとる事によって本質の理解が深まる例が増えてくるのではないだろうか?また細胞内外の酵素の「動き」をより理解していくことで、より目的にかなった反応系を構築出来るかも知れないとも夢想する。さらに蛇足ながら、我々人間も「動く」事で視野が広がり、研究においても幅が広がり新たな可能性が生まれるように思う。これはおそらくこのような研究会の存在意義であるとともに、所属を変わって今年で6年目となる自分自身の実感でもある。

本年1月、こんな私がひょんな事から副会長を拝命致しました。折しも本年は本研究会も節目となる40周年を迎え、京都での第15回日中韓酵素工学会議共催記念講演会の開催も近づいております。臼井副会長、役員諸氏とともに跡見会長をお支えし、微力ながら会員の皆様のお役に立つことができれば望外の幸いです。

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