【巻頭言】
異分野研究の融合から生まれる独創性
根来誠司
兵庫県大院・工
STAP細胞論文の問題は、研究者間の競争的原理が負の方向に作用した結果であろう。私が大学院を修了後、助手として採用していただいた時期は、大学のみならず一般企業においても定年退職まで安定して勤務できるという安心感があり、自己流の研究を進めることが許容される時代であった。これは、ともすれば、研究の停滞や独善的な研究に陥る危険性があるが、一方、長期的な研究を、余裕を持って進めることが可能であり、オリジナリティの高い研究を発展させる源泉になっていたように思う。研究面における自由競争と成果主義を表す表現として"Publish or Perish"という言葉がある。新しい研究成果を"Publish" (発表) しなければ、研究者としては"Perish" (消滅) するという意味である。研究者である限り、定説を覆す発見や革新的な技術開発を目指すことは当然である。そのためには、常識にとらわれない自由な発想が出発点となるが、さらにこれを具体化するための実践力が結び付くことが必要である。しかし現実には、発想と具体化の何れの段階においても、無から有を生み出すことは極めて困難であるうえ、独創性の実現は一朝一夕で達成されるものではなく、継続的な努力が必要である。
私事であるが、8年ほど前、在籍する大学でコウノトリの野生復帰のプロジェクトが進んでいた。話題性が高かったためか、当時、テレビや新聞でも大きく報道され、カメラマンは、連日泊まり込みでコウノトリの雛の巣立ちの瞬間を撮影しようとされたそうである。これに同調して、「生態系復元」を目指した学内共同プロジェクトが始まり、放射光マイクロ加工分野の先生方と共同研究をさせていただく機会に恵まれた。SPring8に隣接する本学の放射光施設を利用したLIGAプロセス技術は、エレクトロニクスや精密部品製造などの微細加工に適し、その開発研究が進められていた。一方、マイクロ流体デバイスは、平面的な基板に構築するのが主流であったが、粘性の高いバイオ流体操作には、長い水平流路よりも、縦方向に多数の微細貫通孔を有する流体デバイスが適するであろうという発想がフランクな話し合いの中から生まれ、これが3次元流体デバイスを用いた酵素免疫測定法の開発を行う契機となった。それまで、放射光を用いた加工技術とバイオ分野との間に接点があるとは思いもかけなかったが、この出会いから、新しい研究テーマを始めることになった訳である。さらに、NEDOプロジェクトでの予算措置や、バイオ系と機械系の大学院生が緊密に協力しながら研究を進めてくれたおかげで、その基盤を確立でき、最近では分析機器の小型化と自動化が実現し、実用化への可能性が開けつつある。
研究内容が細分化され、個々の要素技術が高度化されるに伴い、論文審査で要求される基準も高まっている。主要論文誌に掲載されるのに十分な結果を揃えるために、共同研究を行う場合も多い。しかし、全体を見通した一貫性のある判断は、単独グループの場合よりも困難になる。その結果、問題点が見過ごされたまま共著論文が世に出る危険性がある。異分野融合の研究が成功するのか、不十分な状態で終わるのかは、研究内容を相互に理解・信頼し、補完し合う努力に依るところが大きい。
ナイロン分解酵素関係の研究テーマは私のライフワークであり、研究開始から30年余りが経過したが、最近、構造科学・計算科学・計測工学・高分子科学分野の研究者との連携から、産業応用化と酵素基礎化学の両面で新たな展開を迎えつつある。自分なりの研究スタイルを続けることができたのは、安定な身分保証故に許された恩恵である。近年、任期性の導入で短期間に顕著な成果を出すことが強く求められ、長期的な研究を可能とする環境が失われてきている。研究者の流動化や短期的な活性化には貢献するが、STAP細胞の問題は過剰な競争原理の弊害である点を反省し、若手研究者が安心して、研究能力を発揮できるような環境づくりが求められる。