【巻頭言】
セルラーゼ研究の長い歴史
粟冠和郎
三重大院・生資
昨年3月の東日本大震災以来、脱原発の意識が高まり、国民の過半数が原発に依存しない社会の実現を望んでいるという結果が報告されている。2011年の我が国のエネルギーの構成をみると,化石由来エネルギーが83% (石油43%,石炭23%,天然ガス17%) を占め,原子力がそれについで14%であり、再生可能エネルギーは、大規模水力発電も含めても3%に過ぎない。震災前には地球温暖化対策の一つとして、クリーンなエネルギーの原子力発電の推進が謳われていたが、大幅な方針転換を迫られている。地球温暖化は地球規模の差し迫った難問であり、再生可能エネルギーの利用可能量に限りはあるものの、その利用技術の革新が求められている。筆者は、セルロース系バイオマスの利用を念頭に、セルロース分解の研究を行って来ており、セルラーゼ研究の歴史について触れてみたい。
Journal of Biological Chemistryにcellulaseの語が初めて登場したのは1914年のことであるが、Aspergillus terricolaの酵素について報告した論文の中で、「酵素パウダーの中にセルラーゼの存在は示されなかった」と、一言述べられているのみであった。一方、米国微生物学会のJournal of Bacteriologyには、1926年 (11巻、359頁) に初めてcellulaseは登場するが、既に好熱性セルロース細菌やセルロース分解性糸状菌のことが述べられており、好熱性細菌を用いた67℃での発酵で、セロビオースが蓄積されることにも言及されている。現在なお強力なセルラーゼの開発の努力が続けられていることを考えると、興味深い現象の発見と応用との間の大きな隔たり、生物を使う技術の開発の難しさを感じざるを得ない。1927年 (13巻、321頁) の「Studies on aerobic bacteria commonly concerned in the decomposition of cellulose」の論文題名は、現在でも通用しそうであるが、そのイントロダクションに、「セルロース分解は、純粋科学または応用的立場から、すでに過去60年にわたって興味深いものであったが、なお興味深い研究領域を提供する」と述べられており、セルラーゼの研究は当時既に長い歴史を持っていたことが分かる。セルロースの生物分解の実験的証拠の最初のものは、E. Mitscherlichが1850年に報告したものであるとされているが、その原文が、インターネットでダウンロードできることも驚きである。この論文において、セルロース分解とビブリオ (現在のVibrio属細菌とは異なる) の働きを関連づけている。その後、19世紀の間に、特定の細菌とセルロース分解の関連、メタン発酵とセルロース分解、セルロース分解と有機酸やガス生産、嫌気的セルロース分解、などの研究が行われている。メタン発酵が、セルロースの分解とヘキソースの生成の段階と単糖からメタンガスが生成される段階の二段階で進むことが報告されたのもこの時代のことである。
さて、現在、セルラーゼ製剤として販売されているものは主にTrichoderma reeseiにより生産されている。この糸状菌は、太平洋戦争時に、ソロモン島で綿キャンバスから分離されたものであり、育種により生産性が高度に強化された株が使われている。バイオマス分解のための酵素製剤の生産には、タンパク質生産性の高さから、糸状菌以外付け入る余地はないようにみえる。一方、バイオマス分解から発酵生産までを一貫して行える点では、嫌気性細菌の機能を利用する、あるいはそれを模した技術の開発も無駄ではないように思われる。
セルロースの資源としての重要性は、セルラーゼの研究の初期段階から指摘されており、「純粋培養と科学的制御が可能になれば、経済的にも重要である」と予想されていた。それから約100年が経過した現在、セルラーゼの改良はまだ必要ではあるが、セルロース系バイオマスからのバイオ燃料生産は現実化しつつある。先の原発事故においては、科学と科学者への信頼も揺らいだ感があるが、それを取り戻すのも科学者の責任であろう。また、我々の生活様式・生き方を振り返る必要もありそうで、人間の力が試されている時代のようである。