【巻頭言】

酵素工学と技術革新

廣瀬芳彦

天野エンザイム

 

酵素工学ニュースの巻頭言を書くに当たり、改めて最近の巻頭言を読み直して見た。一昨年は酵素工学研究会の30周年記念にあたり、多くの先生方の執筆内容からもこれまでに本研究会に貢献された会員の先生方の酵素工学分野における輝かしい業績と歴史を再認識した。私の酵素工学との関わりはそれほど古いものではなく、これまでは講演会に参加し、諸先輩方々に対し図々しくも議論の輪に加わる程度であった。昨年より、副会長職のお話を頂き、投稿させていただくに当たり、改めてその重責を感じている。本研究会の目的を再確認してみると、酵素の生産並びに利用に関する研究および技術の発展、有用酵素の工業的生産とその分離・精製、酵素や微生物菌体などの生体触媒の使用目的に適合した固定化などの加工と適当な反応器の設計などを基礎・応用の両面から研究し、この分野の進歩に貢献することとなっている。21世紀のキーワードは、食糧、健康、環境、エネルギー、安全といわれ、本研究会の動向はニーズや手法は多様化しているものの、30年経過した今日ますます大きな潜在需要が見込まれる産業分野となっている。

2008年での産業用酵素の世界市場は約4,900億円あり、食品、工業、医療、研究分野に大別される。使用目的が多面化してきている今日で新規酵素 (novel enzyme) の発見に遭遇する確率は非常に低く、多くの酵素は既存酵素からの遺伝子情報、立体構造情報、機能情報を基に、進化工学的手法により酵素の機能改変を進め、改良酵素 (modified or improved enzyme) として新たな地位を築いていく場合が多い。既存酵素の価値をどこまで改変できるかの可能性には限界があり、いかに進化工学的手法を用いようとも産業上利用価値の低い酵素から宝物が生まれてくる事はありえない。新規酵素の発見には、遺伝子情報の活用は範囲を絞る効果はあるものの、一方で広義のスクリーニングへの重要性を改めて強調せざるをえない。今日の大学研究では遺伝子工学がテクノロジーの中心であり、皮肉っぽくみれば、遺伝子工学をすること自体が研究目的であり、研究費の確保や学生への人気のための必須事項になっているようだ。大学法人化の流れからこの傾向は仕方がないとも思うが、酵素工学の目的からすれば、そもそも遺伝子工学は手段の一つであり、研究目的に留まっていてはいけないはずである。今日の遺伝子技術は、Error Prone PCR、Shufflingや部位特異的変異などの変異導入法やプレートアッセイなどのスクリーニング手法はルーチン化しており、High-through put screening (HTPS) 対応が可能である。これはどこでも出来ることを意味し、研究費の多いところが有利でもある。スクリーニングは改変酵素を得る際の選別にとどまっており、かつて日本のお家芸であった自然界からのスクリーニングを研究手法に取り入れておられる研究室は少なくなってきた。スクリーニングは時間がかかり、その成果はall or nothingであるといってはおられない。産学官連携が叫ばれるなか、今日の企業研究では開発スピードが第一の要求事項となっており、目的酵素を得る手段として遺伝子技術とスクリーニング技術の補完的なアプローチが重要であり、スピーディーなスクリーニングを推し進める新たなイノベーションが必要である。

化学産業での物質生産は、単離酵素より菌体反応で実用化してきたケースが多く、菌体の固定化により、さらに半減期の長い生体触媒として利用されてきた。新規酵素ならぬ改変酵素が利用されていく現状では、遺伝子組換え菌体を固定化した形で産業上利用することは難しく、単離酵素の形で利用されるケースが多くなる。組換え酵素の利用が多くなっていくことを考慮すると、酵素の固定化技術が改めて必須技術となる。本研究会の目的である新規な有用酵素の生産とその応用をいかに短期間にスピーディーに進めるか、これまでにない新たな技術革新が必要とされている。