【トピックス】

糖尿病とワイヤレスバイオセンシング

村上裕二

広島大学ナノデバイス・バイオ融合科学研究所

 

1.はじめに
糖尿病は罹患率が極めて高い病気であり、狭義のバイオセンサー1兆円市場唯一の対象疾患である。分析機器開発には利用形態を想定することが重要である。場所は在宅か医療機関か、実施者は医療従事者か患者自身か、結果をどういう形で知らせるべきかなどによって全体の汲み上げ方は大きく異なる。改めて血糖値センサーの意義を確認し、今後の在り方について検討した。

2.糖尿病という疾患の特殊性
糖尿病は不治の病であるにも関わらず日々の対処法があるという特殊な病気である。糖尿病とは慢性高血糖を主徴とする疾患群のことを指す。糖は摂食や脂肪分解により得られ血液で全身を循環し代謝で消費されていく。この血糖値恒常性のため血糖値抑制に働く唯一のホルモンがインスリンでありインスリン分泌不足や作用不足が糖尿病の原因である。インスリンは細胞への糖取り込みのほか、グリコーゲンや脂肪の合成を亢進することで血糖値を下げる。このインスリンが十分に分泌されないか分泌されても細胞での応答が弱くなるなどの作用不足がある。現状ではこれらの不足を回復する方法はない。すなわち糖尿病は不治の病である。しかしこれらの不足により引き起こされるのは慢性高血糖であり、それ自体に苦痛はない。潜在的な糖尿病患者が多い原因がここにある。

しかしエネルギーであるはずの糖も実は毒という側面がある。慢性高血糖では血糖が血中タンパクのアミノ基と非酵素的に結合したアマドリ化合物となる。さらに分解されて糖化最終産物AGE (Advanced Glycation End-product) となり、血管内皮細胞上でAGEに対応する受容体であるRAGEがこれを受容すると複雑な過程を経て内皮細胞機能障害が起こり動脈硬化などの血管障害を引き起こす。血管障害は特に網膜と腎臓において顕著で、糖尿病網膜症による失明を引き起こし、糖尿病腎症により5年生存率50%という状況で人工透析を受け続けることになる。また神経を構成するタンパク質を糖化しAGE化すると肥厚や多層化を引き起こし、AGEにより神経細胞のアポトーシスが誘導されるほか、線維萎縮などで神経機能障害が起こる。これら網膜症、腎症、神経症を糖尿病3大合併症と呼ぶ。QOL (Quality of Life) に重篤な影響を与えるこれらの疾病は機序の途中段階こそ違うもののすべて慢性高血糖を主因とするところでつながっている。言い換えると、血糖値さえ下がればこれらの問題は起きない。糖尿病のインスリン作用不足部分は治らなくとも別法で血糖値を下げられれば良いわけである。糖尿病対処はその合併症リスク低減が中心になるという点で他の大抵の疾患とは位置づけが異なっている。

国民医療費という観点からも糖尿病に着目した予防医学は意義深い。医療費の最大比率を占める循環器系疾患について、高血糖は塩分やコレステロールと並ぶリスクファクターであることがわかってきたし、国内で1兆円の医療費がつぎ込まれる人工透析最大の要因が糖尿病だからである。

3.糖尿病療法
糖尿病療法の基本は、食事、運動、薬物の3つである。とくに食事療法と運動療法は教育コストだけで済むので、経済の発展度合いを問わず世界的に高い糖尿病罹患率を招いている状況では重要度が高く、WHOはこの2療法を推奨している。しかし血糖値抑制薬を併用することが糖尿病の型を問わず合併症リスクを優位に下げることが大規模調査で明らかになっており薬物療法も重要である1)。合併症リスク低減には血糖値を下げることが有効なものの、当然ながら無制限に下げてよいものではない。血糖値抑制薬の利用には低血糖というリスクがあり、ときには死の危険さえある。このリスク回避に必要なのが自己血糖測定 (SMBG) である。糖尿病患者血糖値は摂食、運動、睡眠などが起因して1日に数回の山をつくる大きな変化を見せる。食事や運動の内容、体調によっても変化する。この血糖値変化に応じて適時適量の投薬が求められる。1日に数回のSMBGを行い、その結果を持って通院し、3療法の適切な計画を立てたり修正したりするわけである。またこの血糖値で各療法の直接的な効果を患者自身が知ることになる。療法といっても、食事や運動という変化を伴う日常生活そのものであり、患者の自由意志による裁量が大きい。このため日々のSMBGによる患者理解の向上は意義深い。

血糖値測定に密接な関係をもつものにHbA1C値がある。糖尿病合併症発症機序は多岐にわたるが、慢性高血糖によって血液にさらされているタンパク質が非酵素的に糖化される点では共通している。ヘモグロビンは血中に最も多いタンパク質でかつ3カ月程度ですべてが入れ替わる。その糖化度合いであるHbA1Cを指標とするのは最も関心を持つべき合併症リスクを評価しているという意味で理にかなっている。近年糖尿病判定基準の見直しでHbA1Cが重用されているのはこのためと思われる。糖尿病はゆっくりと進行する疾患であり、中年以上での罹患率が非常に高く、肥満以外に初期の明確な自覚症状がなく、潜在的な患者の多さが問題になっている疾患である。たとえば2005年に病院で把握されていた糖尿病患者数は約247万人であるが2007年に実施された無作為抽出からの推計値は2210万人である。糖尿病を患っている人の9人に1人しか糖尿病だとわかっていない。このためたとえば年に1度の健康診断で適当な年齢以上のHbA1C値を検査センターで測定していくことは有意義だと考える。しかしHbA1Cは直近1,2カ月の総合的な血糖値を単一指標で表しているため、個別の食事メニューや運動の善悪は評価できないし、低血糖リスクについては何も寄与しない。HbA1Cについては患者個人が常時監視する必要に乏しく、在宅用測定器開発の意義は薄い。

4.SMBGの現状と課題
現状のSMBGではまず専用穿刺用具で指を穿刺して、得られた指尖血液滴に多層フィルムの酵素電極をかざすと毛管現象で1µ1弱の規定量血液がフィルム間に吸引される。これによる電極導通を検知してタイマーが起動し、フィルム間に置かれた酵素の反応が進行し、10秒程度の規程時間後に反応副産物の電子メディエーター濃度を電気化学測定する。測定時間は10秒程度で準備から片付けまででも2~3分程度ですむ。操作は簡便で安全性向上のための改良も重ねられている。患者は症状や特徴に応じて1日に数回から10回弱の測定を行う。市場価格約100円の酵素電極と穿刺用針を衛生上の理由でその都度使い捨て、同じ測定器と穿刺用具を使い続ける。すでに十分な市場を形成し成熟した測定手法であるものの、穿刺に対する漠然とした抵抗感が根強く、非侵襲測定への要望が強いことや、測定誤差解消の要望がある。

糖尿病患者の血糖値は大きな日内変動を見せる。たとえば食後2時間後程度にピークを見せる。このため昼食後2時間後の血糖値が臨床的に重視される。ここに2つの問題がある。第一に患者にとって測定タイミングが社会生活と整合させづらい。第二に計測一般論として1回測定でピーク値を測定すると誤差が大きい。血糖値は食事内容によってピークのタイミングが前後するためなおさらである。

そこで連続血糖モニタリング (CGM) 装置が開発され、北米ではすでに市販されている。いずれの商品も1~5分置きに皮下間質液中のグルコース濃度を測定する。これにより、これまでわかりにくかった日内変動が一目瞭然となり、さらには突発的な低血糖を早期に検出して警告を発してくれる。患者は早期の警告を受けて日頃携帯しているブドウ糖の摂取などの措置で低血糖昏睡防止が可能である。現行のCGMは皮下への酵素電極刺入方式であり、侵襲性は高い。短期的な問題として北米用商品が利用している無線周波数が日本では電波法上利用できないので対処が必要である。一つの酵素電極は最長で1週間程度利用できるが、体液に曝露され続け劣化していくため日々別法での校正が不可欠な状況であり、保護膜や固定化法の改良などが必要だろう。皮下刺入式CGM唯一の根本的問題は侵襲性であるがインスリンポンプと一体化すればポンプ以上に侵襲的とはならない。連続データという高い付加価値がつく一方でランニングコストは針型酵素電極だけであり、連続使用期間である1週間程度分の現行SMBG用酵素電極と穿刺用針総額の千~数千円を下回れば実質的な医療費負担は低減される。

まもなく日本国内でも製造承認されると予想されている糖尿病治療薬のインクレチン関連薬は過剰投与に伴う低血糖リスクが原理的にはない。もしこういった薬物療法が主体となればSMBGの重要性である低血糖リスク回避、治療計画立案、患者理解の向上のうち、1番目が無意味になる。すでに利用されている海外の状況をみると急速な変化はないと思われるが注視する必要があるだろう。

5.今後のSMBGのあるべき形
インスリンポンプを利用していない糖尿病患者が、非侵襲あるいはせめて低侵襲でのCGMを行うにはどうすればよいだろうか。血液以外の体液が解決の糸口と考えられている。現行CGMが対象とする皮下間質液も血液そのものではない。すでに汗や涙、尿などの体外に分泌される体液を対象とした血糖値センサー開発が進められている。唾液は血糖値との相関が悪いことで知られているが、口腔内でも歯肉溝滲出液 (GCF) は歯周病を患っていないことを条件に血糖値との相関の高いことが報告されている2)

日常生活を送りながらCGMを実施するにはウェアラブルなユビキタスバイオセンサーが必要である。装着負荷を小さくするため微小化したセンサーと、高齢者にも見やすいように大きくした表示部とは独立させ、それらがボディエリアネットワークで結ばれるのが適当だと思われる。受信機は当面独立して開発するしかないが、将来的にはネットワークプロトコルの規格標準化によって携帯電話のような汎用情報家電が受け持つ時代が来るだろう。そうすれば受信機購入のための患者負担が不要になる。低血糖などの緊急時には適切な警告が発せられれば、分離したセンサー部と表示部の通信は常時接続が担保される必要はない。

センサーノードの最小機能として数分置き程度のサンプリングレートでの分析、その送信機能が必要である。表示部との通信が途絶えることを念頭に置く必要があり、少なくともバッファー程度の意味ではセンサーノード側でデータ保存ができなければならない。であればデータのデジタル化は必須である。メモリーは不揮発性であることが望ましいだろう。またワイヤレス給電状態を確立し続けることも困難と予想されるのでバッテリー機能が必要となる。これらを自律制御する回路と、そのための内部クロックが必要になる。これらの機能を、将来的に世界中の糖尿病患者の何割かが利用するような量産時に現行の血糖値センサーとの比較でひと桁以上ランニングコストを抑制できるような基本構成を考えたい。これはすなわち製造原価レベルで1センサーノードあたり十~数十円という意味である。さらに言い換えると1個の電子部品と安価な部材とわずかな組み立て工程程度のコストしか余地がない。

必須とした機能のうち、AD変換、送信機、全体の制御回路などは半導体技術の得意とするところでありほぼ枯れた技術ともいえるCMOS (Complementary Metal Oxide Semiconductor) プロセスで実現可能である。これにメモリーが必要であるがSRAM (Static Random Access Memory) 以外のメモリーは汎用CMOSプロセスで製作できないので、メモリーとCMOS回路との混載プロセス開発が必要である。またメモリーは他回路よりも大きな電圧を要求するが、省電力化のため、低電圧でも安定駆動する不揮発メモリーを開発する必要がある。生産ラインを専有するほどに大規模な量産時のチップコストはほぼそのチップ面積で考えることができる。これらの機能を1~2mm角程度の集積回路に押し込め、さらにプロセスルールの微細化に伴い、省電力化と高機能化を進めていくことは比較的容易である。クロック源は体温と外気温の影響による温度変化が激しい環境で1日の時計誤差を数分以内と考えると現状では水晶振動子を利用するしかない。外部部品が増える毎にコストは大きく跳ね上がってしまう。これは将来的なMEMS振動子の混載プロセスにより1チップ化が可能かもしれない。一方で酵素電極、電池、アンテナなどは過度な微小化が好ましくない。たとえばフィルム上に印刷法などによってこれらを実現しておき、1工程で集積回路1ダイと貼り合わせて、フィルム自体が装着法を兼ねているか、最後にもう1工程で安価な装着用部材と組み合わせて体液分泌部に装着・固定するというセンサーノード構成が、おそらく最も安価な形態ではないかと考える。

愛知万博の入場券に採用されたことで有名な無線個体認証 (RFID) のミューチップは0.4 mm角の集積回路1ダイと55 mm程度のフィルムアンテナとの組み合わせで構成され、RFIDノードの価格が10円程度を実現した。これは無線による問い合わせに対してあらかじめチップに書き込まれた128bitの認証コードを無線で返答するだけの機能であるが、今回開発したいセンサーは認証コードの代わりにセンサー測定結果を返すようにしたものである。アンテナ形状が異なるが、すでにRFID型のpHセンサーも開発されている3)。しかし、24時間の体調モニタリングではセンサーノードが無線の電場内に居続けるように設定することは困難である。ミューチップ方式との比較では、問い合わせ時の外部電場で無線給電とクロックを受けるか内部で賄うかの差異がある。電源とクロック源を自前で用意する必要がある分、構成は複雑となる。

6.広島大の取り組み
このような考えの下、我々はユビキタスなワイヤレスバイオセンサーのプロトタイプを開発した4)。電圧制御、AD変換器、送信部、制御部を開発し、メモリーはSRAMとした。これらに温度計機能を加え汎用180 nm CMOSプロセスによって、2.5 mm角の1ダイに実現した。現状でアンテナ、電源として小型ボタン電池、クロック源として水晶振動子などは外付けした。GCFに着目したので歯肉溝にセンサーを配置する必要があり、歯肉溝より薄い酵素電極を開発し、さらに研究段階の暫定措置として口蓋床 (歯のない入れ歯の様な器具) による配置方式を開発した5, 6)

7.糖尿病以外に用途はないか?
血糖値センサー以外の新たな大型市場を開拓することはバイオセンサー業界の大きな希望ではあるものの状況は芳しくない。糖尿病は数ある疾患の内の一つと思いがちだが、ここまで述べたような特殊性がバイオセンサーと合致した特異なケースと見て良いだろう。

医学ではデータの蓄積なしに診断ができない。医療機関では採血が容易なため血液情報ばかりが充実している。在宅で患者自身や、家族などの非熟練介護者が手軽に実施でき、その意義がある検査の掘り起こしは簡単でない。一方で検査法自体が不足している。温度やpHなどの基本的な情報でも体内、体表の特殊環境に適合したものがない。研究レベルで提供し、意義を見いだしていく地道な活動が必要かと思われる。胃食道逆流症診断用食道内留置型ワイヤレスpHセンサーはこのような状況下での特殊解だろう7)

たとえば口腔内に目を向けると、まず口を閉じて利用できるセンサーがほとんどない。口蓋床方式をとればセンサー余地は比較的大きく、市販の無線1チップマイコンと小型センサーとボタン電池程度なら配置可能である。実験毎の医師協力が不要なので工学系研究者自身が自分で実施でき、ヘルシンキ条約の観点でも障壁が少ない。虫歯予防や嚥下・咀嚼機能評価などのための温度、圧力、pHなどを口を閉じて測定できる程度でも研究レベルでは意義深い。

8.おわりに
なぜバイオセンサー唯一の市場が糖尿病検査用なのかという観点で糖尿病と市販品血糖値センサーの開発動向を概説した。さらに高齢者や発展途上国での患者数が多い状況で、簡便性と低コスト化を重視した血糖値センサー今後のあるべき形について議論し、著者等の最近の取り組みについて簡単に紹介した。

なぜ血糖値以外のバイオセンサーが成功していないのか、やや否定的に論じたが、可能性を真っ向から否定したいわけではない。血糖値センサー成功の安易なアナロジーにとらわれず、その特殊性を考慮した開発の一助となれば幸いである。

謝辞
本稿にある研究は科学技術振興調整費に基づく広島大学「半導体・バイオ融合集積化技術の構築」プロジェクトでプロジェクト内横断的に実施しました。プロジェクト内の教員,研究員,学生のほか,広島大学医歯薬学総合研究科や,広島国際大学保健医療学部診療放射線学科などの協力によって進められました。

文献
1) The Diabetes Control and Complications Trial Research Group, Nathan, D. M., Genuth, S., Lachin, J., Cleary, P., Crofford, O., Davis, M., Rand, L., Siebert, C.: N. Engl. J. Med., 329, 977 (1993).
2) Yamaguchi, M., et al.: Biomed. Microdev., 7, 53 (2005).
3) 矢澤義昭、大西忠志、釜堀 政男、渡邊 一希、長谷部 健彦、丹波 栄策: 日立評論, 88, 750 (2006).
4) 村上裕二、石川智弘、上口 光、吉田 毅: ヘルスケアとバイオ医療のための先端デバイス機器, CMC出版, 218 (2009).
5) Murakami, Y.: Electrochemistry, 77, 823 (2009).
6) Ishikawa, T., etal.: Trans. Sens. Micromachines, accepted.
7) Pandolfino, J. E., et al.: Am. J. Gastroenterol., 98, 740 (2003).