【巻頭言】

"酵素工学" を広義に

民谷栄一

阪大院 ・ エ

高峰譲吉は、日本が誇るバイオテクノロジ一、バイオビジネスの創始者の1人である。私が育った金沢では、昭和25年から毎年、科学分野に優れた中学校や中学 生を対象に高峰賞なる賞が授与されている。これは、高峰譲吉が幼少期から青年初期に向けて金沢で過ごしたことによっている。この高峰譲吉の功績の一つであるタカジアスターゼは、高峰のタカとジアスターゼを組み併せた語句であることはよく知られたことである。 ジアスター ゼは、今のアミラーゼのことではあり、世界で最初に見いだされた酵素としても知られている。当初、麦芽の水抽出液が、デンプン粒を液状にできることからギリシア語で 「破口をつくる」 という意味の diastasisから命名されたとされている。しかし、今日、酵素の英語名としては、Enzymeが使われている。これの語源としては、「酵母の中に含まれているもの」(enは英語のinに、zymeはyeastに相当するギリシア語)とされている。酵母によって引き起こされるアルコ ール発酵では、糖質からアルコ ールヘの反応を引き起こ すものが酵母の中にあるとして理解された。酵素という日本語名も酵母に存在する素(もと)となる物質という意味である。このEnzymeという言葉は、ドイツとイギリスではすぐに受け入れられたが、フランスでは ジアスタ ーゼが酵素全般を指す言葉としても使われ、Enzymeが一般的になるには時間を要したとのこと。このように、酵素は当初、細胞内に存在し、物質変換を引き起こすものとして理解された。その後、ミカエリスーメンテンの功績により酵素反応の動力学的解析などが進められ、生体触媒として特性づけられたが、種々ある生体分子の中では、あまりにも定式化され狭義に理解されがちになったともいえる。もともとEnzymeの語源にもあるように細胞に存在する物質変換を担うものとすれば、あらゆる生体現象を分子論的に記述するきわめて本質的なものでもある。最近注目されている新型万能細胞であるiPS細胞では、発生分化制御のキ ーとしてエピジェネティクスが有用とされ、メチル化酵素が深く関わっている。現在、筆者らが進めている文部科学省科学研究費特定領域研究「生体分子群のデジタル精密計測に基づいた細胞機能解析:ライフサーベイヤーをめざして」では、一細胞におけるシグナル分子のデジタル解析をめざすもので、たとえば、一細胞内にある遺伝子(DNA,RNA)、タンパク、メタボライトなどを定量化し、細胞機能のデジタル理解を行な ぃ、細胞内のみならず,細胞間相互作用に関わるシグナル分子の解析も行われている。従来、細胞集団を取り扱い、マクロな分子データーを用いてとしか細胞機能を理解できなかったが、一細胞レベルで分子 種や分子数が明確に計測できれば、細胞集団内の分化や機能発現の意義なども明らかになり、細胞から組織、臓器、個体へと生物的特徴である階層的な機能発現の理解にもつながると確信している。こうした研究も「酵素工学」を広義に捉える展開ではと考えるこのごろです。