【巻頭言】
酵素工学研究会から産学官連携の構築を
島田裕司
大阪市工研
1970年代より以前、多くの新技術や新製品は一つの学問領域から創出されていたように思う。あるいは、新技術や新製品が生まれて学問領域が形成されていたのかもしれない。しかし、1990年代に入った頃から、異なった技術の融合が始まり、時には異なった専門領域の技術が融合して新しい技術や製品が生み出されるようにもなってきた。この時代の流れと共に、「研究分野のボーダーレス化」「異業種交流」「産学官連携」という言葉が産業界で使われるようになってきた。その後10年を経過し、最近また「産学官連携」が唱えられ、連携体を表す「コンソーシアム」という代名詞も一般化してきた。何故、今また産学官連携なのか? 私は、3年前の国立大学の独立行政法人への移行、そしてその後の公立大学の法人化への流れに起因していると感じている。大学は独法化と共に、地域企業との連携を重視するようになり、産学コーディネータを置き、産学連携を推進するようになってきた。
では、今の産学官連携は従来の産学官連携と違うのだろうか? 大学が産学連携への取り組みを強化しただけで、連携に対する考え方は何も変わっていないと感じている。ただ、大学をはじめとする研究機関、および産業界が積極的に取り組み始めたため、連携数は大幅に増えてはいるだろう。しかし、自分自身への反省も込めて、実のない名前だけの連携も多いように思う。確かに、境界領域での研究開発、ニーズがシーズを上回っている領域での研究開発、また基礎研究の成果を商品化に結びつけるときの障害となるいわゆる「死の谷」を乗り越えるために、「産」の参加した連携体制は有効であり、産学官連携は大いに推進していかなければならない。
そこで出てくる命題は、成果の出せる産学官連携の構築である。さて、私の所属する大阪市立工業研究所は、全国でもかなり早い時期、1916年に設立され、以来90年間、時代の変遷に関係なく自主研究を基盤として企業を技術支援するという理念の下で運営されてきた。企業支援業務の主なものは、無料の技術相談に加えて、有料の受託研究と依頼試験・分析を行っており、企業の皆様にご利用いただいている。この支援業務のうち、受託研究は正に産官連携事業そのものである。私はこの公設試の中にあって、連携の原点はまず相手と同じ土俵に立ち、相手を理解し、自分を理解してもらうことであると考えている。同じ話を何回か聞いて、初めて相手の考え方、相手の研究成果を理解することができたという経験を持っておられる方もおられるでしょう。相手を自分の土俵に引き込んで話を聞き、相手の土俵に入り込んで話をする。1対多数のコミュニケーションから1対1のコミュニケーションに変わったときに真のコミュニケーションができる。時には両者を仲介する (通訳する) 人がいると、コミュニケーションが進むこともあり、この役割を果たす人を産学官コーディネータと位置づけることができる。
コミュニケーションが深まれば深まるほど、相手 (企業) が求めている技術や素材 (活きたニーズ) を知ることができ、そのニーズから研究課題が生まれてくる。これが連携のスタートである。目的がはっきり決まれば、連携は自然に構築される。一方、研究課題 (目的) が決まらなければ、連携は形だけとなり、絵に描いた餅で終わってしまう。
さて、酵素工学研究会は、専門領域の近い技術者、研究者が集まり、コミュニケーションを通じて相手を知り、自分を知ってもらう会であると思っている。したがって、研究課題に対するコミュニケーションは学会よりも深く進めることができる。すなわち酵素工学研究会は産学官連携を生み出しやすい土壌にあり、活発なコミュニケーションが研究会をさらに発展させる1つの要因となる。主体性を持って研究会に参加し、コミュニケーションを深め、一つでも多くの実のある産学官連携を創出できる研究会を作っていこうではありませんか。