【巻頭言】
酵素の思い出
今中忠行
京大院・工
南極観測隊に参加するなど今まで人生を楽しんできたのだが、京都大学を定年退職する日が1年余り先に迫ってきた。そこで今までに研究してきたいくつかの懐かしい酵素についての思い出を述べてみたい。
①プロテアーゼ
枯草菌や中等度好熱菌であるBacillus stearothermophilusの菌体外分泌酵素であるα-アミラーゼやプロテアーゼについて、その分泌機構や熱安定性について研究を進めていたのが1970年代後半である。遺伝子工学が話題になっていた頃であり、遺伝子のクローニングや塩基配列決定だけでも立派な論文になった時期でもある。1980年代に入ってタンパク質工学に注目が集まっていた。我々は中性プロテアーゼを材料として、タンパク質分子に疎水結合 (疎水的相互作用) を一つ導入するだけで飛躍的に耐熱性が向上することを世界で初めて示した (Nature、1986年)。
② ネオプルラナーゼ
糖質関連酵素には長い歴史がある。α-1,4グルコシド結合の加水分解を触媒するα-アミラーゼ (EC 3.2.1.1)、α-1,6グルコシド結合の加水分解を触媒するイソアミラーゼ (EC 3.2.1.68) やプルラナーゼ (EC 3.2.1.41)、糖転移によりα-1,4グルコシド結合を形成するサイクロデキストリン合成酵素 (cyclodextrin glucanotransferase、CGTase) (EC 2.4.1.19)、糖転移によりα-1,6グルコシド結合を形成する枝作り酵素 (branching enzyme) (EC 2.4.1.18) はそれぞれ別種の酵素であると考えられていた。ところがこれら4種の反応をたった一つの活性中心で触媒する新型酵素ネオプルラナーゼを発見することができた。さらにα-1,4及びα-1,6グルコシド結合の加水分解を触媒するアミロプルラナーゼの発見、1アミノ酸を置換するだけでCGTaseをα-アミラーゼに変換できること、またアミノ酸置換によりα-1,4及びα-1,6グルコシド結合の加水分解比率を変更できることなども示した。これらの事実を基に、上記4種の反応を触媒する酵素はα-アミラーゼファミリーとして統合した概念で説明できることを世界で最初に提言した (Journal of Biological Chemistry, 1992年)。ところがその後ヨーロッパの学者が、この事実を無視する形でα-アミラーゼファミリーを提唱し、欧米の研究者もこれに追随する姿勢を見せ始めた。そこで我々はこれらの事実を時系列的に示し、さらに共通の反応機構で説明できることをreviewにまとめ、500部の別刷りを世界中の関連する研究者に送付した。その結果、今や我々の提言が世界で認識される様になっている。日本人は自分の考えを主張するのが苦手であるが、世界で理不尽に不利な扱いをされないようにするためにも、自己主張の大切さを強調しておきたい。
③ DNAポリメラーゼ
好熱菌の研究が発展して、鹿児島県小宝島の温泉より60~100℃で生育することができる超好熱菌Thermococcus kodakaraensis KOD1株を分離した。ゲノム解析を終了し、DNAチップを利用したトランスクリプトーム解析が可能となり、さらに部位指定による遺伝子破壊 (交換) 系も超好熱菌で最初に開発した。これらの研究の中で、耐熱性のDNAポリメラーゼ遺伝子をクローニングし、酵素特性の解析を行った。幸いなことに、この酵素はPCR法に最適の性質を有していた。すなわち他のいかなる市販酵素よりも、長く、速く、正確にDNA合成できたのである。その結果、現在では東洋紡績、Invitrogen、Novagenから市販されて好評を博しており、年間約数億円の売り上げが出ているようである。酵素の実用化という観点で思い出深い酵素である。
④ Rubisco
この酵素は、植物や藻類による炭酸固定 (カルビン回路) で重要な鍵酵素であり、地球上で最も多量にある酵素ともいわれている。ところが、独立栄養的な増殖をしない超好熱菌Thermococcus kodakaraensis KOD1にもこの酵素が見つかった。さらに既知の酵素と比較して、比活性もτ値 (carboxylase活性/oxygenase活性の比) も高い特性を示した。また2量体が五角形のリング構造を示すホモ10量体構造をとることにより、100℃でも安定性を示すことが明らかになった。しかしこの酵素の生理学的な意義は長らく不明であったが、最近やっとAMP代謝に利用され、光合成の原型を形成している可能性を明らかにすることができた (Science、2007年)。