【トピックス】

アミラーゼによるストレス評価

山口昌樹

富山大・工

 

1.はじめに
唾液でストレスを評価する研究をしていると、「なぜ、唾液でなければならないのか」という質問をよく受ける。唾液には、扱いづらいなどの印象があるのかもしれない。私は、唾液である必要はなく、最も使いやすく目的に適った指標 (index) を用いればよいのではないかと答えることにしている。

ストレスとは、人が内外から受けた刺激に適応していく過程そのものを概念化した言葉であり、「刺激に適応していく過程で生体に生じる変化 (反応) 」と定義されている1)。従来、ストレスを評価するには、脳波、脳血流量などの脳機能、血圧、心拍数、血流量などの循環機能、呼吸数、呼吸量などの呼吸機能、コルチゾールなど血液中の生化学物質濃度や、発汗、体温、眼球運動などが指標として用いられてきた。これらの指標には、それぞれ長所・短所はあるものの、基本的には生体に生じた何らかの変化を測定すれば、ストレスの指標となり得るのである2)

それでは、なぜストレス計測が研究レベルから産業レベルへ発展せず、健康、福祉、医療分野において生活の質 (quality of life, QOL) の向上に十分寄与していないのであろうか。それは、いつでも、どこでも、簡単に、即座に測定できる指標が無かったからである。脳血流量の分布は、脳内の活動を3次元的に捉えることができる優れた指標であるが、近赤外光を用いるので外乱光を遮断できる設備が必要である。脳波は、筋電位よりもはるかに微弱な電位変動を計測する必要があるため、被検者が安静を保つように拘束しなければならない。また、心拍数や血流量は、ホメオスタシスや、末梢血管 (微小循環) の自律的なコントロールによる影響も大きいなど、それぞれ制約条件がある。

本研究者らは、唾液に含まれるアミラーゼ (以下、唾液アミラーゼ) を用いたストレス評価を進めており、これは従来の指標と比べて下記の利点があると考えている。
 1) 非侵襲性:血液分析のように、採血による精神的・肉体的苦痛がなく、医療従事者でなくともサンプル (検体) を採取できる。
 2) 随時性: 100µl程度のサンプル量ならば、いつでも1分程度で採取できる。
 3) 即時性:唾液アミラーゼ活性が高く、酵素法で分析できるので、分析時間が1分以内。
 4) 簡便性:循環機能、呼吸機能、脳機能などの計測に比べ、測定条件に制約が少ない。
 5) 携帯性:ドライケミストリー・システム (試験紙) を用いれば、測定器の携帯化が可能。
 6) 経済性:酵素法で分析できるので、ELISAなどの免疫法に比べ、分析コストが1/100。
これが、「なぜ唾液か」という問いに対する回答にもなろう。

2.アミラーゼとストレス
α-アミラーゼ (EC 3.2.1.1) という消化酵素は、ヒトでは膵臓 (P型: Pancreas) と唾液腺 (S型: Saliva) の2つの器官から分泌される3)。20年以上前の医学論文に、外科手術などの生理的な生体への刺激が、消化器系での消化酵素の分泌に影響を与えるという記載を目にしたのが、本研究を始めたきっかけである4)。膵臓の酵素分泌がストレスで変化するのであれば、唾液腺のアミラーゼ分泌も精神的・肉体的ストレスで変化するのではないかと考えたわけである。

その後、1970年代には唾液アミラーゼと物理的刺激の関係が、1980年代以降になると唾液アミラーゼと精神的刺激の関係が医学系研究者らによって明らかにされつつあることが判ってきた (表1)4-17)

表1 唾液アミラーゼとストレスの関係

今日までに、唾液腺におけるアミラーゼ分泌は、交感神経-副腎髄質系 (sympathetic nervous-adrenomedullary system, SAM system)、すなわちノルエピネフリンの制御を受けていることが判っている6,7,10)。このSAM system には、ホルモン作用と直接神経作用の2つの制御系統が存在する (図1)16)。ホルモン作用では、刺激 (ストレッサー) に対して血液中のノルエピネフリン濃度の変化が20~30分遅れるという課題があった。これに対し、直接神経作用により唾液アミラーゼ分泌が亢進される場合には、応答時間が1~数分と短く、ホルモン作用に比べて格段にレスポンスが速いことが判ってきた。

ストレス研究において、血液中のコルチゾールやノルエピネフリンは、ゴールド・スタンダードとして広く用いられてきた。これらは、ストレス・ホルモンとも呼ばれ、現在でも重要な指標となっている。コルチゾールは、血液中の基準値が10~15µg/dl の範囲にあり、ELISAなどを用いれば唾液コルチゾールの分析も可能であるが、ノルエピネフリンの基準値は24時間尿でも10~90µg/日ほどしかなく、現状では唾液による分析は不可能である。すなわち、唾液アミラーゼ活性を用いれば、唾液腺が低濃度のノルエピネフリンの増幅器の役割を果たすだけでなく、コルチゾールよりも鋭敏に反応する優れた指標となりうると期待できる。

さらに、本研究者らは、不快な刺激では唾液アミラーゼ活性が上昇し、快適な刺激では逆に低下することを実験的に見出し、唾液アミラーゼによって快適と不快を判別できる可能性があることを示した15,17)

3.分析方法
唾液を用いることで得られる随時性、即時性や簡便性といった長所を十分に活用でき、携帯可能な分析機器を実現するには、ドライケミストリー・システムと呼ばれる化学分析が適している。簡単に言えば、試験紙である。ただし、酵素の定量分析には、十分な量の基質を供給するだけでなく、反応時間を規定する機構が必要となる。本研究者らは、携帯式の唾液アミラーゼ活性分析装置を試作し、これを交感神経モニタと呼ぶことにした (図2)。

図2 試作した唾液アミラーゼ活性の分析に用いる携帯式交感神経モニタ

試作した交感神経モニタは、アミラーゼ (AMY) の基質としてGal-G2-CNP (2-chloro-4-nitrophenyl-4-O-β-D-galactopyranosylmaltoside) を含浸したアミラーゼ試験紙を用いたバッチ式の分析機器である。Gal-G2-CNPは、アミラーゼで加水分解されると、時間とともに黄色に発色する。

Gal-G2-CNPAMYGal-G2 + CNP (白→黄)   (1)

本反応は、基質がなくなるまで続くので、酵素活性を定量するには、反応時間を規定できるような機構が必要である。そこで、唾液採取紙とアミラーゼ試験紙を用いたテストストリップ、および自動唾液転写機構を考案し、レート法による唾液アミラーゼ活性の定量を自動化した。

交感神経モニタは、使い捨て式のテストストリップと本体 (110×100×40 mm3, 350 g) で構成した (図2(a))。テストストリップは、スリーブ、シート、唾液採取紙 (10×10×0.23 mm3, 23µl) とアミラーゼ試験紙 (4×4×0.25 mm3, 4µl) で構成した。本体には、自動唾液転写機構と光学素子 (波長430 nm のLEDと受光素子) を設けた。アミラーゼ試験紙は、検体である唾液のpHの影響を受けにくくするために、pH緩衝剤も含浸してある。

唾液採取紙を口腔に挿入し、舌下部から10~30秒かけて直接全唾液を約20~30µl 程度採取する (図2(b))。その直後、テストストリップを自動唾液転写機構にセットする (図3(a))。レバーを操作すると、スリーブのバネの裏側に貼り付けられているアミラーゼ試験紙が唾液採取紙へ押し付けられ、唾液が転写される (図3(b))。アミラーゼ試験紙の体積は、唾液採取紙の体積に比べて1/6に小さく設定してあるので、アミラーゼ試験紙に転写される唾液量は、その体積 (4µl) で規定される。この時を反応開始時間0秒とした。転写時間は10秒に設定されており、終了するとアラームが鳴る。その後、速やかにスリーブを引き出すと、光学素子で反射率が測定可能となる (図3(c))。このとき、アミラーゼ試験紙に含浸されたGal-G2-CNPがアミラーゼで加水分解され黄色に発色する。反応開始時間から20秒後の反射率が、受光素子で自動的に測定される。すなわち、本モニタは、唾液採取に30秒、転写と測定に30秒が必要であり、計1分ほどで唾液アミラーゼ活性を分析できる。アミラーゼ活性は、37℃において1分間に1µmolのマルトースに相当する還元糖を生成する酵素量を1(Unit)として示した18)

交感神経モニタにおいて、同一の唾液検体の転写量の再現性は、CV=5.5%であった。酵素法試薬 (Espa AMY liquid Ⅱ, ニプロ(株)) と臨床自動分析装置 (Miracle Ace 919, ニプロ(株)) に対する本モニタの検量線は、唾液アミラーゼ活性が10~140 kU/lの範囲でR2=0.99と良好であった (図4)。このように、自動唾液転写機構を考案したことによって、下記の3つの効果が生まれた。
 1) 生体安全性:唾液採取紙からアミラーゼ試験紙へ唾液を転写するので、分析試薬を口腔に挿入する必要がない。
 2) レート法の実現:反応時間を規定できるので、単位時間当たりの酵素活性の変化を定量可能。
 3) 検体の定量性:唾液採取紙とアミラーゼ試験紙の寸法差により、分析に用いる唾液を定量。
本手法は、他の酵素活性の分析にも応用可能と考えられる。

4.おわりに
唾液は血液由来なので、濃度差こそあるが唾液には血液とほとんど同じ化学成分が含まれており、ガン、感染症やアルツハイマーなど、唾液を用いた非侵襲的な疾患のスクリーニング手法が研究されている19)

本研究者らは、ストレス評価を目的とし、唾液アミラーゼによって快適と不快を判別できる可能性を示した。そして、使い捨て式の器具でわずか30µlの唾液を口腔から直接採取し、それに組込んだ試験紙の発色濃度を光学的に測定することで、採取も含めてわずか1分ほどで唾液アミラーゼの分析が可能な携帯式交換神経モニタを試作した。

不快なストレスばかりがクローズアップされているが、医学的には快適に感じることを快適なストレス、不快に感じることを不快なストレスと呼んでいる。すなわち、ストレス評価とは「快適さを測ること」でもあり、これこそが本研究者らが目指すところである。生活を楽しく便利にするという意味を込めて、“Amenity of life (快適さの質) ”を新しいヒト感性の指標として提唱していきたい。

文 献
1) ハンス・セリエ著、細谷東一郎訳: 生命とストレス,工作舎,168 (1997).
2) 山口昌樹、新井潤一郎 (共著): 生命計測工学,コロナ社,182 (2004).
3) 中村道徳監修: アミラーゼ 生物工学へのアプローチ,学会出版センター,東京, 374 (1986).
4) Ugolev, A. M., Laey, P. D., Iezuitova, N. N., Rakhimov, K. R., Timofeeva, N. M., Stepanova, A. T.: Ciba Found Symp., 70, 221 (1979).
5) Groza, P., Zamfir, V., Lungu, D.: Rev. Poum. Physiol., 8, 307 (1971).
6) Speirs, R. L., Herring, J., Cooper, W. D., Hardy, C. C., Hind, C. R. K.: Archs. Oral Biol., 19, 747 (1974).
7) Jenkins, G. N.: The physiology and biochemistry of the mouth, Fourth Edition. Blackwell scientific publications, 284 (1978).
8) Morse, D. R., Schacterle, G. R., LawrenceFurst, M., Esposito, J. V., Zaydenburg, M.: Am Assoc Dent Ed, 42, 47 (1983).
9) Bosch, J. A., Brand, H. S., Ligtenberg, T. J. M., Bermond, B., Hoogstraten, J., Amerongen, A. V. N.: Psychosom. Med., 58, 374 (1996).
10) Chatterton, T. R., Vogelsong, M. K., Lu, Y., Ellman, B. A., Hudgens, A. G.: Clin. Physiol., 16, 433 (1996).
11) Artino, M., Dragomir, M., Ionescu, S., Badita, D., Nita, V., Chitoi, E.: Rom. J. Physiol., 35, 79 (1998).
12) Chicharro, J. L., Lucia, A., Perez, M., Vaquero, A. F., Urena, R.: Sports Med., 26, 17 (1998).
13) Skosnik, D. P., Chatterton, T. R. Jr., Swisher, T., Park, S.: Int. J. Psychophysiol., 36, 59 (2000).
14) Kennedy, B., Dillon, E., Mills, P. J., Ziegler, G.: Life Sci., 69, 87 (2001).
15) 山口昌樹、金森貴裕、金丸正史、水野康文、吉田 博: 医用電子と生体工学39, 234 (2001)
16) Yamaguchi, M., Kanemori, T., Kanemaru, M., Takai, N., Mizuno, Y., Yoshida, H.: Biosens. Bioelectron., 20, 491 (2004).
17) Takai, N., Yamaguchi, M., Aragaki, T., Eto, K., Uchihashi, K., Nishikawa, Y.: Arch. Oral Biol., 49, 963 (2004).
18) NC-IUBMB: Academic Press Inc., 862 (1992).
19) 山口昌樹、高井規安 (共著): 唾液は語る,工業調査会,1921 (1999).